2016/12/30

学部4年生Mさんによる10ヶ月オーストラリア留学体験記


先日留学から帰ってきた教英生Mさんの留学体験記です。「書いていると書きたいことが溢れてきてしまって長くなってしまいました」とはMさんの弁ですが、この体験記が読者の皆さんの何らかの参考になることを願って掲載します。Mさん、ありがとう。




*****

読者のみなさん、はじめまして。私は2016年2月から同年11月まで、広島大学の交換留学制度であるHUSAプログラムを利用して、オーストラリアへ留学していた教英生です。

この度は、現在、あるいはこれから教英に所属し、教英のプログラム以外の留学を考えている人へ、私の経験した留学の基本的な情報と、私の考える、留学をするにあたって知っておいたほうが良いこと(プラス面はもちろん、マイナス面も)をお伝えするために、ブログに投稿させていただくこととなりました。よろしくお願いいたします。


まず初めに、私の留学について簡単にご説明いたします。

留学方法:HUSAプログラム(広島大学と提携している海外の他大学との交換留学制度) 
派遣期間:2016年2月~2016年11月(学期制度は派遣先の大学に準ずる) 
派遣場所:オーストラリアのサウスオーストラリア州にあるフリンダース大学 
履修科目:[前期]ミクロ経済学、マネジメント、マーケティング、心理学
     [後期]マーケティング、心理学(2種類) 
備  考:私は4年生の終わりに留学しました。自分の所属する教育関係の授業をすべて履修済みであったため、今まで自分の学んだことのない、興味のある分野にチャレンジしました。一般的には3年生の時に留学される方が多く、その場合は自分の所属する学科と同じ授業を履修し、帰国後に単位交換をすることになるようです。




私は今回の留学で、生まれて初めて一人で海外へ行きました。もともと少し臆病な性格ということもあり、事前準備は念入りにしたつもりでしたが、現実はかなり厳しいものでした。文字通り、笑いあり涙ありの約10か月でしたが、帰国した今思うことは「行ってよかった。」の一言だけです。

語りたいことは数えきれないほどありますが、このブログでは「行ってよかった。」に繋がった以下の2点について書かせていただきます。

その1、挫折経験が得られたこと、そしてそこから最終的に這い上がることができたこと

その2、背景にある文化の違いを乗り越えて同じ時間を共有した、かけがえのない友達ができたこと

まず、その1について。情けない話ですが、私の挫折の発端は「英語」でした。渡航前の私は、スピーキングに対しての不安はかなり大きかったものの、リスニングに関してはある程度の安心感を持っていました。なぜなら、中高生時代はもちろん、大学においても、この「教英」という、英語に触れる機会の多いところで学ばせていただいており、留学のために必要なTOEFL試験の勉強などにも一生懸命取り組んでいたからです。たとえうまく話せなくても、相手の言っていることさえわかれば、ボディランゲージや表情をうまく使うことでコミュニケーションをとることができるだろう。そのようにしてできた友達と日々を過ごす中で、スピーキングをゆっくり伸ばしていけたらいいな。と、考えていました。

しかし、いざ現地に到着し、空港ピックアップの大学職員の方とお会いした瞬間、自分の考えの甘さを思い知らされました。自分の知っている英語とは違う単語、発音、言い回し。何度も何度も聞き返し、ゆっくり話してもらってやっと、なんとなく意味がつかめる状況。結果として、渡航前に立てた計画が一瞬で崩れてしまい、初めての海外生活に対する楽しみな気持ちもモチベーションも、こんな状態で10か月も過ごせるのだろうかという不安に変わってしまったことを覚えています。その後も、英語に対する自信をすっかりなくしてしまい、コミュニケーションをとることが怖くて、人と挨拶以外の会話を交わすことから逃げてしまっていた時期や、もう私には無理だったのだと諦め、しっぽを丸めて帰ってしまおうかと本気で悩んだ時期もありました。



実際、現地の冬季長期休暇である7月には一時的に帰国し、一度身も心もリフレッシュしてからオーストラリアへ戻りました。一時帰国することについてはかなり迷いがありました。しかし私の場合、一時帰国前とその後で気持ちやモチベーションがかなり良い方向へ変化し、後半戦ほとんど悩むことなく全力疾走することができたため、いい選択だったと思っています。

このようにかつてないほど自分と向き合って日々を過ごすうちに、自分が今までいかに周りの環境に恵まれ、周りの人々に支えられていたのかを痛感し、ここで意地でも頑張りぬき、帰国後にこれまで出会った人々に恩返しをしたいと思うようになりました。

そう思えるようになってからは、この留学を自分の中でプロジェクト化し、最終目標「完全帰国までに日本にまだ帰りたくないという気持ちになる」に向けて、数か月に一度、自分のプラスの気持ちや思考を赤、マイナスを青と色分けすることで整理する時間を作り、生活していました。初めは真っ青だったページも、帰るころには真っ赤、、、とは言わないまでも、最終的に「また絶対にここに帰ってきたい」と心から思うことができるまでになりました。

挫折の発端であった英語に関しては、初心に返り、恥を捨て、ネイティブでいう幼稚園児くらいのレベルの英語で中高時代に学んだ文法や構文をフル活用することでコミュニケーションをとっていきました。3人以上になるとほとんど会話についていけなかった初めのころは、2人で会話できる機会を大事にして、不自然な言い回しや間違った単語を友達に直してもらっていました。

たまに「日本の学校の英語教育は使えないから無意味だ」なんて言葉を耳にしますが、私は、そのように言われている英語教育に救われました。確かにそのままだと自然には使えないかもしれないけれど、自然な英語を話せるようになるための最高の材料なのだと感じました。その材料をそのまま食べて美味しくないと感じるか、自分で努力して美味しく料理するかはその人次第なのではないかなと、思いました。





長くなりましたが、続いてその2、背景にある文化の違いを乗り越えて同じ時間を共有した、かけがえのない友達ができたことについて書いたのち、終わりへと繋ぎたいと思います。

上に述べたように、はじめはなかなかできなかった友達ですが、2人で話をする機会を積み重ねていくうちに、自然と距離が縮まっていきました。また、私の派遣先大学にはJapanese Speakers Clubという、日本が大好きで日本の文化や言葉を学びたいと思っている学生たちによって立ち上げられたサークルがありました。わたしは、そこで週に2回、日本語と日本ならではの文化や風習を教えるお手伝いをしていました。学ぶ内容は日本語と日本文化でしたが、使用言語は英語であったため、私自身の英語の練習をする本当に良い機会でした。自身が広島大学で4年間学んだ知識や、3年生の時に教育実習をさせていただいたときの学びを、少しですが活かせたこともまた、貴重な経験でした。

また、ご縁があって後期からクリスチャンのサークルにも顔を出していました。私自身はクリスチャンではないのですが、マネジメントやマーケティングの授業で宗教というトピックがよく扱われるのにもかかわらず、日本であまり馴染みがなかったため、勉強のために参加していました。オーストラリアは日本と比べると多民族国家であったため、そのような場でできた友達は国籍も文化も価値観もバラバラでした。それでも、ある時にはきれいな景色を見に出かけて共にはしゃいだり、ある時にはcontroversialなテーマで真剣に意見をぶつけ合ったり。そんな素敵な関係を築くことができました。私が「また絶対ここに帰ってきたい」と思えたのは、彼らのおかげです。

総じていうなれば、今まで生きてきた人生の中の最もどん底を経験し、最も自分と向き合い、最も成長できた、最高の留学でした。

これから長期の留学を迷っている方には、チャレンジしてみることを心からお勧めします。決して楽しいことばかりではないかもしれませんが、楽しくないからこそ得られる貴重なものが数えきれないほどあると思います。そして、留学の決断、準備段階はもちろん、留学中でも、何か困ったことや聞きたいことがあればいつでもご相談に乗りたいと考えております。

大変長くなりました。最後まで読んでくださってありがとうございました。








2016/12/29

クラーク博士のことばについて(教英OBの方からの情報提供)


先日の「翻訳あそび」の記事について、ある教英OBの方(峯野光善先生)から情報提供をいただきましたので、その方の了解を得た上で掲載します。

峯野先生は、ネット上に投稿するときには責任の所在を明確にするために匿名やハンドルネームではなく、実名で投稿すべきとお考えだそうですので匿名化しませんでした。


OB・OGの方々の期待に応えることができる、いや期待を超えた活躍ができる教英でありたいと思っています。

今後ともOB・OGの方々あるいは、教英に期待する一般の方々からの叱咤激励をお待ちしております。






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広大教英ブログをいつも楽しく、また、為になるなあと思いながら読んでいます。

ところで、12月15日配信の『自主勉強会「翻訳あそび」』の以下の記述について3点ほど気になるところがあったためにメールを差し上げる次第です。


「今回の課題はクラーク博士の有名な一節です。皆さんでしたらどう翻訳しますか?この一節は、クラーク博士が北海道を離れる際に、学生たちに駅のホームで述べたことばだそうです。」



1点目。クラーク博士が有名な言葉を発した場面。

「クラーク博士が北海道を離れたのは、1877年4月。その日、学生たちは札幌から24キロメートル離れた島松駅逓所まで博士を見送りに行きました。まだ、北海道に鉄道が敷設されていなかった時代、各所に駅逓所と呼ばれる人・馬のための駅があったのです。いよいよ別れの時――。博士は教え子たちと一人ひとりと固い握手をかわし、別れを告げます。そして馬上から、時代を切り開こうとする若者たちに「大志を抱け!」と言葉を投げ、励ましたのです。」


2点目。異なるテキストが存在すること。

"Boys, be ambitious!
       
Be ambitious not for money, not for selfish aggrandizement,
not for that evanescent thing which men call fame.
Be ambitious for knowledge, for righteousness,
and for the uplift of your people.
    Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be."

1点目及び2点目は、近江誠(2005)『挑戦する英語!』(文藝春秋社)の12ページ及び13ページからの引用です。言葉を発した場面や、2点目の第3段落の部分を考慮に入れるとまた違った「翻訳」になるのではないでしょうか?


そして、3点目。

クラーク博士が札幌を去る時、本当に “Boys, be ambitious” で始まる言葉を言ったのかという疑問です。この点についてはおそらく、北海道大学附属図書館の「 “Boys, be ambitious!” について」が決定版であろうと思われます。結論を言えば、“Boys, be ambitious!”と言ったかもしれないが、それ以降の言葉は、後年になって様々な人が付け加えたものであるということになります。


以上、何かご参考になれば幸いです。

広大教英のますますの発展と教育の充実を願っています。



2016/12/23

光脳機能イメージング装置と視線計測装置のセミナーとデモンストレーションを行いました

日新精器株式会社様、島津製作所様、トビー・テクノロジー様にfNIRS(近赤外線を用いて大脳の活動をリアルタイムに観察する方法)による脳機能計測装置とアイトラッカー(眼球の動きを見る装置)のセミナーとデモンストレーションを開催していただきました。



まず、島津製作所様から、fNIRSの特徴と利点、測定原理、利用可能性について説明をしていただきました。



次に、実際に被験者の協力をいただいて、調査のデモンストレーションを行ってもらいました。今回は、英語の説明文、英語の詩、日本語の詩を使って、読解中のウェルニッケ野近辺(主に言葉の理解に関係するとされています)の活性状況と、視線の動きを計測しました。さらに、データ分析のデモンストレーションとして、これら3つの条件において、ウェルニッケ野の活性がどのように異なるのか簡単に解析してもらいました。




今回はリーディングをテーマにしましたが、このような研究方法は英語教育の様々な側面に利用できると思います。こうして英語教育はどんどんと学際的な学問領域になっています。


2016/12/22

「翻訳あそび」2回目です



以下、小野章先生からの寄稿です。前回に引き続き管理人も拙訳を加えました。

今回も皆さんご自身で翻訳をした上で下の翻訳を読み比べて「翻訳遊び」を楽しんでみませんか?



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原文



ながい たび,とおい たび,けれども, ぼくは,  
どこに いようと, きみを おもって いるでしょう。  
きみの だいじな しあわせを いつも いのって いるでしょう。

(『ないた あかおに』:あおおにが,あかおにに宛てて書いた手紙から引用)









翻訳


A
A journey long and far.
But I am thinking about you wherever I am.
I am praying for your dear happiness.



B
I don’t know how long I’ve been walking.
But I want to know how you are doing.
Wherever I am, whatever you do, I hope
your happiness with your best friends.



C
It will be a long going.
I will worry about whether you can get along with people, wherever I am.
I hope you can forever.



D
A long, winding road.
Wherever I go, I will never forget you.
Wishing my dearest a happiness, forever.



E
It is a long goodbye.
But, wherever you are, you are always in my thoughts.
I always hope you are happy.



F
Wherever I am and you are
I’ll never forget you.
If you’re with them happily
I’ll be glad of thinking of it.



G
In my long, long journey far, far away,
Missing your presence at any place,
Wishing your happiness in any way,
Me, without you, my most precious.






「翻訳あそび」2回目です。

12月22日(水)午後1~2時まで小野研究室で学部二年生有志と実施しました。

今回は『ないた あかおに』の最終部分の翻訳(英訳)です。


「おいしいおかし」と「おちゃ」を楽しみながらの,今回も「あっと言う間の1時間」(学生M君)でした。

翻訳後に出た感想もご紹介します。


・「原文の質が翻訳の質に反映する」
・「易しい英語にすることがこんなに難しいとは思わなかった」 
・「journeyとtripって,どう違うんだっけ?」 
・「映画のセリフで良いと思った “I’ll never forget you” を使ってみた」




2016/12/19

Dual Language Programmeなどのマレーシア教育事情を卒業生から聞きました


現在は予算措置が終わったのでなくなってしまいましたが、かつて教育学研究科にあった教員のための修士号獲得留学プログラムで私のもとで学んでいたマレーシアのRさんが久しぶりに広大キャンパスを訪れてくれました。

ひとしきりお互いの様子や世間話をした後は、Rさんがマレーシアの高校英語教師ということもあり、マレーシアと日本の教育事情に関する情報交換となりました。





話を聞いているとマレーシアの状況には日本の状況と似たところが多くありました。

・PISAテストでの国際ランキング比較により、政治家の方から矢継ぎ早に教育改革計画が打ち出されているが、教師の方はかえってそのための書類仕事などに追われて肝心の生徒と接する時間や授業準備する時間が削られている。

・それなのに教育予算は全体として削られている。

・(「モンスター・ペアレント」といったことばはないものの)教師に不平不満を激烈にぶつける保護者はいる(彼ら・彼女らのキメ台詞は "See you in court" 「裁判所で会いましょう」とのこと)。

・(マレーシアは旧英国植民地であり英語のテレビ放送も存在しているものの)国内で生活している限りは現在では特に英語は必要ではない。英語が必要か否かの認識については社会階層による違いが大きく、いわゆるエリート階層の保護者と子どもは英語学習に熱心だがその他の保護者と子どもはそうでもない。

・英語力測定についてはCEFRを統一基準として採択する方向で動いている。

・英語力が足りない英語教員については勤務時間後にBritisch Councilが主催する語学プログラムに参加しなくてはならない。(ただしその費用は国がもつ)。

また、マレーシアは2003年に小学校での算数と理科を英語で教える政策 (PPSMI) が採択されましたが、事実上の困難点が続出し、その政策を2012年に打ち切った過去があります。

しかし、現在は、一部の小中学校で算数・数学や理科、つまりはいわゆるSTEM -- Science, Technology, Engineering, and Mathematics -- 系の科目を(現地語ではなく)英語かマレー語で教えてもよいというプログラム (Dual Language Programme; DLP) がスタートしているそうです。

ただしその DLP を実行するためには、保護者の同意、校長と教員の同意と希望、必要な教材や設備などが整っていることが条件だそうです。


参考サイト
Malaysians Need The Dual Language Programme To Enhance English Proficiency In Schools, Experts Say
http://malaysiandigest.com/frontpage/282-main-tile/637949-malaysians-need-the-dual-language-programme-to-enhance-english-proficiency-in-schools-experts-say.html
Dual language programme to continue in national schools, says Education Ministry
http://www.themalaymailonline.com/malaysia/article/dual-language-programme-to-continue-in-national-schools-says-education-mini#sthash.iIlVngiQ.dpuf


小学校に英語学習を導入するにせよ、早急に全国一律にするのではなく、保護者と校長・教員がよく話し合った上でその学校の希望として行うこと、そして必要な教材や設備などが整っていることを確認することが大切だということをマレーシアは学んだようです。

「愚者は自らの経験から学び、賢者はこれまでの歴史から学ぶ」と言います。

日本はこのマレーシアの歴史から学ぶことはできるでしょうか・・・




2016/12/17

研究計画審査を振り返って(博士課程後期1年の加藤さんの手記)


以下は昨日(2016/12/16)博士論文計画審査(第一次審査)を終了した加藤さんの振り返りの文章です。




博士論文執筆は容易なことではありませんが、これほど学べる機会もありません。

ご興味をお持ちの方は、ぜひ自分が希望する教員と連絡を取ってください。



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この4月より柳瀬ゼミの門下生となりましたD1の加藤です。

私は東京でフルタイムの仕事をしながら、そして小学校1年生の男の子のママをしながらの博士号取得を目指しています。このようなタイミングで博士号をめざすなど、少し前までは想像もしていませんでした。しかし、師となってくださった先生との出会いがあり、思い切ってチャレンジをすることといたしました。指導教授、そして多くの先生方のご協力のもと、このようなスタイルで学ばせていただける広島大学に、心から感謝をしています。

さて、昨日、博士課程後期の第一関門といえる「研究計画審査」を受けさせていただきました。朝8時に子供を学校に送り出し、新幹線に飛び乗り、総移動時間は6時間。車中はもっぱらプレゼンのリハーサル。つい先日、学会で発表をしたばかりなのですが、審査となると、違った類の緊張感があります。

午後17時、指導教授の柳瀬先生および、O先生、S先生、F先生にお越しいただき、審査スタート。題目は「リフレクティブ・ダイアローグによる現職の自律学習アドバイザーとそのメンターの相互成長」。30分ほどで研究内容を発表。発表後、先生方から1人ずつ質問とご指摘をいただく。何をもって「相互成長」とするのか、その成長はどういった観点で判断するのか(二次観察の導入など)、そして相互成長を促す対話の中の「転換点」は必ずしも価値観を覆すだけのものではないことなど、今後研究を進めていく上で、大変貴重なご指摘とご意見をいただきました。先生方、本当にありがとうございました。

審査後、柳瀬先生と面談。今後の課題を明確にした後、終了。肩の荷が少しおりたところで、そのまま教英の忘年会へ直行しました。忘年会では学部生や院生の方とお話ができ、広大の学生は、本当にまっすぐでのびのびしている!という印象を持ちました。こんな素敵な仲間がいる広大に、私も何らかの貢献がしたい、とみなさんと話しながら強く思いました。これからも、たくさんの出会いが広大であることを楽しみにしています!




第二回教英学会統合会議において新学会の会則原案を作りました


本日、第二回目の教英学会統合会議を開催し、2018年度からの新学会の会則原案を作成しました。

年末の忙しい中に参集してくださった卒業生の先生方には感謝しかありません。




新学会でも、大学院生の学会発表に対する研究奨励金(国内5万円、国外10万円)といったこれまでの学会制度を維持しつつ、より社会に開かれた形で事業展開をし、英語教育の活性化に努めます。

教英は英語教育改善のための努力を怠りません。

「英語教育をよくしたい!」との志をもっている方々、ぜひ教英の学部・大学院で学び、共に英語教育改革に邁進しましょう!



教英忘年会 + 『惚れる力 ― カープ一筋50年。苑田スカウトの仕事術』


昨晩、毎年恒例の教英忘年会が開かれました。学部生と大学生と教員が集まっての大きなパーティです。これだけの人間のつながりが教英の宝だと思わされます。





パーティでは毎年お楽しみ企画としてプレゼント交換を行います。自分が引いたくじの番号に従い、誰かが買ってくれたプレゼント(メッセージカード付き)がもらえます。もらった人は贈り主に会いに行き、そこでまた新たな交流が生まれます。




管理人が選んだ今年のプレゼントは『惚れる力 ― カープ一筋50年。苑田スカウトの仕事術』です。パーティではうまく趣旨を説明できなかったので、この場を借りて説明します。






今年の25年ぶりのリーグ優勝で世間の注目を浴びましたが、もともと全国区の人気もなく、お金もない広島カープになぜいい選手が育つのか?

それは真面目な練習があるだけでなく、いいスカウトがいるからです。


カープのスカウト苑田聡彦氏は丁寧に全国を回り、有名無名にかかわらず「これは!」と思う選手がいたら徹底的にその選手を見守るそうです。練習姿をずっと見守ってもらう選手はやがて苑田スカウトからの視線を自らの能力を信じる心に換え、その才能を開花させてゆきます。


管理人は、これは教師が学ぶ姿勢だと思いました。世間の風評に惑わされず、才能を見抜く。認めた才能はずっと見守り、その成長を辛抱強く待つ・・・そうやってこそ人は伸びるのではないでしょうか。


教英もそうやって人を伸ばす集団でありたいと思います。




2016/12/15

自主勉強会「翻訳あそび」

先日 (12/14) の10:30-11:00に小野章先生の研究室で、学部2年生の発案による自主勉強会「翻訳あそび」が開催されました。みかんとチョコとコーヒーを楽しみながら、単位や授業とは関係なしに、翻訳の面白さに目覚めた学生有志がお互いに翻訳を試みる会です。

翻訳は、最近では悪者にされがちですが、英文を深く読み取り、その内容を英語を知らない日本人読者にどう表現したらわかってもらうかを考えるなかで英語を深く読み直す翻訳という営みは、英語と日本語の両方につながる優れた言語学習・言語使用です(このように創造的な「翻訳」は、機械的な「英文和訳」とは全く異なります)。

今回の課題はクラーク博士の有名な一節です。

皆さんでしたらどう翻訳しますか?この一節は、クラーク博士が北海道を離れる際に、学生たちに駅のホームで述べたことばだそうです。もしクラーク博士に達意の日本語が使えたのだとしたら、博士はどう言ったでしょう?

まずは皆さんで、考えてもらえますか?




Boys, be ambitious, not for money, not for selfish accomplishment, not for that evanescent thing which men call fame. Be ambitious for attainment of all that a man ought to be.








以下は、学生さんと小野先生の翻訳です(おまけに当日は参加できなかった管理人(柳瀬)も加えてみました)。中には「ここまで大胆に訳してしまっていいの?」というのもあるかもしれませんが、学生さんは全員英文の正確な意味は十分に理解した上で、敢えて実験的に以下のように訳してみたそうです。


翻訳を通じて英語と日本語の両方を往復しながら言語について考える営みを皆さんもしばしお楽しみください。

A
よく聞きたまえ。お金儲けとか,一人よがりな成功,奴らが名声と呼ぶものなど,風が吹けば飛んでいってしまうぞ。一人の男として為すべきことは何か。一つの妥協も許してはならぬぞ。若人よ,大志を抱くのだ。 
B
諸君,自分を愛するために行動したり,富,凡人の言うところの名声という不安定なものに固執してはいけない。人としてどうであるか,どうであったかを考えなさい。 
C
諸君,希望を持ち続けよ。富を得るためではない。自分だけが満足するような功績のためではない。まして名声などという儚いものを得るためでもない。(もう一度言おう。)諸君,希望を持ち続けよ。人間が追い求めるべき,あるいは追い求めなくてはならない理想を達成するために,諸君は希望を持ち続けなくてはならないのだ。 
D
少年よ,大志を抱け。金や自己の立身出世,うたかたの世評のような目前の目標にとらわれることなく,人としてあるべき姿を追い求めるという高尚な目的のために生きろ。 
E
己のために意味を成すものではなく,死に価値を見出される生き方を探求しなさい。 
F
若者の皆さん,夢を持ってください。でも,金や,私利私欲や,はかない名声のための夢ではありません。人が人としてあるべき姿を貫くための夢です。 
G
学生の皆さん、大きく求めてください。といっても金や我欲ではありません。名声ですらありません。それは消え行くものだからです。皆さんは、人としてあるべき人生を大きく求めてください。


2016/12/13

12/22 (木) 広島大学教育学部で光脳機能イメージング装置の現状と活用例 などについてのセミナーとデモンストレーション

9月に赴任した西原貴之先生の科研の関係で、下記のセミナーとデモンストレーションを行います。ご興味のある方はご自由にご参加ください。







以下は、西原先生からの簡単な説明です。


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この度、日新精器株式会社様、島津製作所様、トビー・テクノロジー様に、NIRS(近赤外線を用いて大脳の活動をリアルタイムに観察する方法)による脳機能計測装置とアイトラッカー(眼球の動きを見る装置)のセミナーとデモンストレーションを開催していただくことになりました。

最近では、大脳の活性状況や眼球の動きをもとにした英語教育研究も盛んになりつつあります。

英語教育には現在様々な研究があるんです!


12/16 (金) 16時から17時半まで 無料セミナー:日経新聞の読み解き方


以下、大学からの案内を転載します。大学生、高校生の皆さん、ぜひ新聞を毎日読んで、少しずつ自分の世界を広げる努力をしてください。世界が狭くなると怖いですよ。

以下は日経新聞のセミナーですが、新聞は複数読み比べて批判的に読み解いてください。




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「新聞なんて面倒くさい」「情報はスマホで見れば十分」-。そんなふうに考える人は多いでしょう。
新聞(40ページ)には新書5冊分の情報量があるといわれています。国内外の政治や経済、事件・事故から文化、科学、生活、スポーツのニュース・解説に至るまで、内容も多岐にわたっています。

これだけの情報が詰まって1部160円、500mlペットボトルのお茶1本と同じ値段です。手近な情報源をみすみす利用しない手はありません。

半面、「量が多すぎて、読み方がよく分からない」という声も耳にします。


今回、日本経済新聞社の協力で特別セミナー「目からウロコ!~NIKKEIの読み解き方」を開催することになりました。新聞というビッグデータから、「お宝」を掘り出してみませんか?

就活に備える方はもちろん、文章力やプレゼン力をアップさせたい学生・教職員の皆さんのご参加をお待ちしています。

【タイトル】特別セミナー「目からウロコ!~NIKKEIの読み解き方」

【日 時】 平成28年12月16 日(金) 16:00〜17:30
      
【場 所】 中央図書館1階ライブラリーホール
      
【内 容】 当日の日経新聞を配布し、経済データの読み方、
      記事の活用法などを学びます。
      
【講 師】 日経メディアプロモーション(株)公認読み方アドバイザー

【対 象】 ご興味のある方はどなたでも自由にご参加ください。

【備 考】 事前申し込み不要。無料です。

【主 催】 広島大学社会産学連携室広報部/広島大学図書館

【協 力】 日本経済新聞社



再び二重ループ学習 (double-loop learning) について


第四タームの新しい授業(学部3年生向けの「コミュニケーション能力と英語授業)の冒頭で、導入として人工知能 (AI) の進展や衆愚政治とSNSなどの話をして、考えることの大切さを訴えようとしました。



そういった話の一つに「二重ループ学習」 (double-loop learning)  を入れましたが、結構この話が心に残ったようで、授業の振り返りではこの話題が多かったです。



以下にその一部を掲載します。




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■ 今日の授業で最も印象深かったのは3つの学習方法に関する内容です。①与えられた前提をもとに行動計画を立てそれを実行したのちに結果を知るが、その過程からは何も学習することのない「ゼロ学習」、②すでに備えている考え方や行動の枠組みに従って問題解決を図っていく「単一ループ学習」、③既存の枠組みを捨てて新しい考え方や行動の枠組みを取り込む「二重ループ学習」です。
広島大学に入学し、これまでに約50種類の授業を履修してきました。振り返ってみると、残念ながら多くの授業で「ゼロ学習」をしていたように感じます。単位習得のために一時的に勉強し、テストが終わるとすぐに忘れてしまう…。このような学習は無駄であると分かっていながらもズルズルと授業を受け、単位を取得し、今に至ります。しかし自分の好きな分野においては単一ループ学習あるいは二重ループ学習が自然に出来ているように感じます。 
例えば、私が5歳の頃から今も続けているフィギュアスケートです。フィギュアスケートは頭の先から指先、足先まで、全ての部分をフル活用しながら4分間を滑りきる、肉体的にとてもハードなスポーツの1つです。持久力、筋力、体幹トレーニングは必須、その上少しの体重増加によりパフォーマンスに大きな影響が出ます。エディンバラに4ヶ月間留学していた時、氷上トレーニングが出来ない分、食事制限と過度な持久力トレーニング(1日16kmのランニング)により体重を減らすことがパフォーマンス維持に最適であると当時は考えていました。
帰国後ワクワクしながら4か月ぶりに氷上に立つと、あれだけ努力をしていたにも関わらず思うように体が動きませんでした。自分の体を車に例えると、ガソリン(体力)はあるけど車のボディー(筋力)が貧弱すぎて走れない(着地時に踏ん張れない)状況でした。私がパフォーマンス維持に最良の方法であると思っていたことが実は間違っていて、それプラス筋力トレーニングを行い、無理な食事制限をしなければよかったと大いに反省しました。その後私はそこで経験したことを活かしベストコンディションで試合に臨むことが出来ました。しかしさらにその後、ここまでストイックに考える必要はなかったのだと痛感しました。過度なトレーニングを行うことよりも、もっと楽しみ、リラックスして行うことが最も大切なことであると気が付きました。 
このように自分の好きな分野に関しては単一ループ学習や二重ループ学習を気付かないうちに行っています。大学の授業は生きていく上で無駄なものは1つもありません。今後はポジティブに考え、より積極的に授業に取り組んでいこうと、今日の授業で考え直すことが出来ました。


■ 二重ループ学習についてですが,この学習法を授業中に知った時に,私は「ああ,もっと早く知っておければなぁ」と少し後悔することがありました。SSH (Super Science High school) だった私の高校ではグループで何かしらの研究をしなければなりませんでした。私のグループではより効率の良い水車作りに関する研究をしていましたが,どうしてもうまく計測が出来ない問題にぶつかりました。何度も水量を調節したり,水路の見直しを行って調整したりしても水車の動きが不安定すぎて思ったように発電量が計測できません。 
結局その時は先生のアドバイスで水車自体の設計を一から見直し,ボールベアリングの導入や水車から発電装置(と言ってもただの小型モーターでしたが)の繋ぎ方を根本的に変えたりしてうまくいきました。この時は先生のアドバイスによって水車の設計を根本的に変えることによって研究がうまく進みました。水車の設計という前提を見直す発想が私にあったのならば,先生のアドバイスなしで研究を進めることができたはずでした。 
 今回の授業を通して再確認したことは,学校で教えたい本当のことは教科内容というよりも「社会でよりよく生きる術」を生徒に身につけてもらうことだということです。前述の水車に関する研究においても,先生が私たちに学んで欲しかったことは決してボールベアリングの摩擦係数でもグルーガンを用いた水路の補修でもなく,どうやって研究を進めていくか,もっと究極的にはどのようにして学んでいけばいいのかということであったように思います。 
特に高等学校の先生になると教科に関する高度な知識を有していて,それを生徒に教えることが主となってしまいそうですが,最も大事な目標はその教科を通じて生徒に生きる力を身につけてもらうことです。今回の授業で先生がおっしゃっていた学習方法に関することはそういう力に結びつくことであったと感じます。卒業までまだ時間はありますので,まずは自分の学習形態を見直していかなければいけないと痛感しました。


■ 電車の運転手・車掌、レジ係、新聞配達、ガソリンスタンド、参議院議員、専業主婦、交番の警察官、教員。さて、今私が列挙した職業は一体何でしょうか?これらは、オックスフォード大学の論文で「10~20年以内になくなる職業」として記載されていたものの一部です。私達が注目すべきは最後に挙げた教員でしょうか。 
私的な意見ですが、人工知能が人間の役割の代わりを果たすようになればなるほど、人と人との直接的なコミュニケーションの価値は上がっていくのではないかと思います。ですからここで言う、「人工知能に取って代わられるであろう教員」とは「単に知識の伝達しかできない教員」を指しているのではないかと思います。教員以外の仕事に関しても、私達の生活に極めて身近なものが無くなる可能性があるとされています。仕事のあり方が大きく変わりつつあるこの世の中で、その変化についていけず(あるいはその変化にすら気づかず)一方的に知識を与えることしかできない教員が生き残れないのは至極当然なのかもしれません。 
ただ、忘れてはいけないことは、現時点では人工知能は1を100にすることはできても0から1を作り出すことはできないということです。Amazonの倉庫で大活躍している機械も現時点では人間がいくつかのパターンやルートといったサンプルを与えない限り動きはしないのです。社会性・創造性・身体性がない職業は近い将来機械に取って代わられる、ということは裏を返せばそれらを必要とする仕事はまだ人間に任されているのです。 
教員になって社会性・創造性・身体性のある子どもを育てていきたいのなら、自分自身がそれらを有していなければ話になりません。人間の生活を豊かにするはずの人工知能が人間の職を奪い、人々の豊かな生活を蝕んでいる、と現代の科学の進歩を皮肉るのではなく自らがそういった社会でも生き抜けるほどにタフでありたいものです。 
 今回の授業で最初に触れたのはDouble-loop learning(二重ループ学習)でした。予習の段階では正直、「へー、そんな考え方もあるんだなぁ」としか思っていませんでしたが、授業で実際に「今までどのような二重ループ学習をしてきたか」を思い返してみて驚きました。私が「これは二重ループ学習だ!」と自信を持って言える経験は一つしかなかったからです。22年間生きてきてたった一回しか前提から何かを見直した経験がなかったのです。 
今回の授業の後半でも触れられたカントも「コペルニクス的転回」という言葉を口にしました。「天体が観察者の周囲を運行するのではなく、天体は静止し、その周りを観察者が運行する。」と主張したコペルニクスも、「そもそも」という点に着目し180°違った観点で物事を見たのだなと思います。そして、その考え方は確かに必要なものだったのだなと思います。ある意味では「前提を見直す」という行為は大変挑戦的なものであるように感じます。私は年を重ねるにつれて私自身がどんどん保守的になっているように感じています。まだ若いうちに行き詰まったら前提から見直してみる、という習慣を身に着けたいです。


■ 根本的な考え方を再検討し,再入力するという前提変更を取り入れた二重ループ学習は,自分のこれまでを振り返ってみても,「あ,あの時のあれは二重ループ学習だったんだ」とすぐに思い付きませんでした。なかなか思い当たる節がないということは,私が自分の思考や学習順序を構造的に紐解いた経験がないのか,そもそも二重ループ学習をしたことがないのか,もしかすると両方なのかもしれないと感じました。 
私たちは,前提を変更するときに,恐怖や不安を覚えます。特に,その新前提が,自分の知識にある,「前提と成り得るもの」の中にないとき(つまりは,新前提と成り得るものを,誰かがしていたと聞いたこともないし,もちろん自分でもしたことがないとき),その恐怖や不安は膨らみ,やっぱりやめておこう,となってしまうように思えます。「誰かがしていたと聞いたこともない」と前述しましたが,私たちは成功例を探し,それに安堵します。新前提を,有名なあの先生も授業に取り入れて成功していた,あの本に書いてあった,など保障を探してからでないとなかなか取り入れようという気になれません。教育実習で,教科書に取り入れられている活動がつまらないと感じた人が,自分なりにオリジナルの活動を考えに考えましたが,指導教官の先生に採用されることはなく,結局教科書の活動をそのまま取り入れると,なにもダメだしされることなく案が通った,という話を聞きました。教科書という教育現場では覆されないであろう前提に頼って,楽をしてしまう,考えることをやめてしまうこともあるようです。 
また,自戒を込めて言うと,前提が悪いのはわかっていても,そもそものアイデアがなく,どう変更したらよいかわからないこともしばしばあります。そのアイデアというものは,学校で教わったり,読書経験であったり,その他メディアなどから影響を受けて生み出されるもののように思えます。「考える」とはその様々なアイデアを統合したり,捨象したりなど試行錯誤が伴う行為のように思えますが,私たちほとんどが,「1600年には何が起こったでしょう」という質問に,「関ヶ原の戦い」と暗記したことを答えるというような方法でしか自分の知識や考えを試されてこなかったのではないでしょうか。授業でしたこと,先生が教えてくれたこと,テストで求められたことしかできないのです。そう考えると,教育の責任の大きさを改めて痛感し,今後生徒に教える立場に就こうとしている私たちは非常に重要な役割を担うことになる,と少々怖気づいてしまいました。



■ ダブルループラーニングという単語は初めて知りましたが、何か結果が出た際に自らの行動計画の前提に立ち返るという考え方は、自分としてはストンと落ちた気がします。自分は今までダブルループラーニングをしてきただろうか?と振り返ってみましたが、前提を変える、という大胆なアクションを自分が取っているはずもありませんでした。なるべくリスクの高いことはしないように、という意識が根付いているので今までの自分は単一ループ学習の繰り返しだったのかもしれません。何かに行き詰ったときに根本的なところを変えていこうとするのはとても勇気のいる行為ですが、失敗しないようなビジョンを見据えた上での前提変更、という賢い立ち回りができるように、「先を見据える力」は育てていきたいなと思いました。



■ 本講義ではいくつかの意見交換を行いましたが、その中で印象的だったのは「二重ループ学習」についての議論でした。自身が行ってきた二重ループ学習について考えるとき、先生に紹介されたとおり、私たちのグループでは「これまで私たちが変えることができた前提などあったのだろうか」「そもそも私たちが変えられる前提とはなんなのか」という考えに至りました。 
なぜそういう考えにまとまったかというのを改めて考えてみると、自分は基本的に与えられた環境(前提)を享受し、そこで自分が生きやすいように行動計画をして実行していくことはあっても、その環境に疑問を感じることがなかったからなのだと思います。また、自分がその環境を変えたつもりになっていても実際はだれかの影響、助言などがあるなど自分一人でそこまで至ったかと思うと正直怪しいものがたくさんあることも挙げられます。しかし、これから教師になるものとしてはそこにある環境をそのまま受け入れて収まるだけでは務まりません。何かの改善を図るためには前提を変える決心がとても重要になるというお話もあり、自分の受動的な姿勢を見直していきたいと思いました。


■ ゼロ学習と単一ループ学習とは異なり、二重ループ学習では、「前提」を変更することが加わる。前提はしばしば頭にこびり付いて離れない。自分で決定した前提というのは自分自身の経験や信念と深く繋がり合っているため、自分の思考や行動そのものをメタ認知できなければ、自らの経験から気付くということは容易にできるものではないと思う。前提から間違っていることを他人に指摘されることはあっても、自分ではなかなか気づけないのはそのためだ。



■ 今回の授業で印象的だったのはゼロ学習・ループ学習に関する話です。ゼロ学習・単一ループ学習からなかなか抜け出せず、進歩が無いまま伸び悩んでしまうという現象は教育現場に限らず様々な場面で見受けられると思います。とりわけ一定の成果をあげることができた場合には、その成果に満足してしまい、さらなる成果を得るために、ループの中に大きな変化を起こすことをためらってしまうことがあると思います。特にループの前提を変えることは単一ループの状態では安定していたものまで失う可能性が生じるため、勇気をもった決断が必要になります。私は、前提を変えることはある意味恐いことで、その発想を持つ段階にまで至らない人が少なくないという話を聞いて、確かにそうだと思いましたし、また前提を変える以前に、前提を疑うこと自体が大抵の人にとって難しいのではないかなと思いました。



■ 教師という立場から、文科省から出された指針や過去の研究に沿って、教授、評価をしていくのは仕方がないことだとは思います。しかし、そこですぐに正解に飛びついて思考をとめてしまってはAIと同じです。人としてできる「思考する、他人とそれをすり合わせる」ことをやめてしまってはいけません。常に問い続け、考えることが教師にも重要なことだと考えました。



■ 今、リッカ・パッカラ著の『フィンランドの教育力—なぜ、PISAで学力世界一になったのか―』という本を読んでいるのですが、フィンランドはPISAにおいて優秀な成績を残しているにも関わらず、国内ではそのことが話題にあがることはほとんどなかったと言います。文章を読む限り、フィンランドの教師は、PISAの結果を上げるためではなく、ただ一生懸命、出来るだけ多くのものを子どもたちに与えたいという思いで教師という仕事に喜びと誇りを持ちながら取り組んでいることがよく分かりました。 
その背景には、国民が皆厚い信頼を置く教師のレベルの高さというのもあると思います。フィンランドでは修士号を取得しなければ教師にはなれず、そのカリキュラムも非常に良く出来ていて、一年生の時から毎年教育実習があるそうです。さぞかしハードな学生生活なのだろう…と思いましたが、著者のリッカ・パッカラさんは、大学五年間の授業はとても楽しかった、と書かれています。その大変さよりも、学ぶことの楽しさ、教えることの喜びが勝る。教師としてあるべき姿勢を、大学生活の中でじっくりと養ってこられたことがとてもよく伝わってきます。 
 また、教師の先生方は日頃から「子どもに何かを与えるには、まず自分が豊かになる必要がある」と考えており、何らかのトレーニングを年に一度受けているそうです。例えば、コンピューターが各学校に導入された際には、授業を他の人に変わってもらいながら先生方はトレーニングを受けたそうです。これは、先生がおっしゃっていた、「教採に受かって教師になれるかどうかではなく、どんな教師になるかが大切だ」ということをフィンランドの教師のみなさんは常に考え、行動していることを物語っています。 
 誰もが教育は重要だと考え、教師のレベルの水準を上げ、誰でも無償で教育を受けることのできる環境を整えた結果、気づいたらPISAで一位をとっていた、という国と、PISAでの順位をあげるために小手先だけ教育内容を変えてきた、という国のどちらの未来が輝いているかは、一目瞭然だと思いました。


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先日は、学部一年生の感想を掲載しましたが、その感想と上の感想には違いがあるでしょうか?もし違いがあまりないとしたら、思考力や表現力などにおいて広島大学の教育が功を奏していないことになります。私としても、読み返してみたりして考えたいと思います。



関連記事

二重ループ学習についての学部一年生の感想
http://hirodaikyoei.blogspot.jp/2016/11/blog-post_16.html

ダブルループラーニング (double-loop learning 二重ループ学習)についての私的まとめ
http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/11/double-loop-learning.html



2016/12/07

AO入試を受験してくれた皆さんへ


11月17日と18日に実施されたAO入試の結果が先日発表されました。

まずはAOで教英を受験してくださったすべての皆さんに感謝します。

皆さんの貴重な時間を使って教英で学ぶための準備と努力をしてくれてありがとうございました。
教英もその期待に応えられるよう(いや、その期待を超えた活躍ができるよう)、一層、教育と研究に力を注がなければならないと思いをあらたにしました。





合格通知を送ることができなかった皆さん、残念です。

いくら合格させたくても定員の関係でどうしても合格通知を送ることができないことがあることをご了解ください。
できれば前期入試で再チャレンジしてください。


合格通知が届いた皆さん、おめでとうございます。

教英で一緒に学びましょう。
まずは卒業までの高校生活を充実させてください。
友だちは入試に向けてますます集中力を上げていると思います。
そんな友だちに対して恥ずかしくないように高校生活を充実させてください。

そして、皆さんの知的感性を取り戻してください。


高校ではしばしば「大学に入ったら好きなことができるから、高校時代はひたすら我慢して勉強しろ」といった指導がなされることがあります。

しかしその結果、いざ大学に入ってみると「自分が何をやりたいのかわからない。というより、自分が何が好きなのかも実はわからない」という学生さんが少なくありません。

「勉強 = 面白くないことを我慢して暗記すること」といった誤った刷り込みに基づく毎日で、知的感性が損なわれてしまったからです。「これって何だろう?面白そう!」というワクワク感を抑圧し続けたあまり、知的な感性の高まりを自分で感じることができなくなったからです。

知的感性は、意欲や関心、そして学ぶ態度の根源です。この根源がやられてしまったら、面白くないまるで機械のような人間になりかねません(そして機械のような人間は今後、どんどん高度化する人工知能 (AI) にやがて取って代わられるだけになるのかもしれません)。


「学ぶことは楽しい!」 -- これが教育学部で皆さんに身につけてほしい実感です。


その教育学部での生活を始める前の3月までの時間をぜひ有効に使ってください。



TED Edはご存知ですか?

幼稚園児から高校生に至るまでの学習者のために作られた英語動画集です。
画面右下のCCというアイコンを押せば英語字幕も出ます。(英語字幕が出るとリスニングもずいぶん楽になりますよね)。



似たような趣旨のサイトにMITK12Videosがあります。

MIT(マサチューセッツ工科大学)が中心となって作成している若い学習者向けの英語動画集です。これにも英語字幕があります。





ぜひ英語で世界を広げてください。教英の先輩方が勧める動画もぜひ参考にしてください。


広大教英生がお薦めする英語動画集
http://kyoeivideoselection.blogspot.jp/


その他にもし助言が欲しかったら、ぜひ教英教員に連絡を取ってください。

学ぶ意欲のある若者を教英は大切にします。

教員への連絡方法は、教英のホームページを御覧ください。