2016/06/30

五井千穂先生の学会発表

先日の中国地区英語教育学会(2016/6/25 岡山大学)では、現在、教英の大学院で学んでいる五井千穂先生も発表をしました。

教科書テキストの難易度に対する学習者と教員の意識
―高校生のリーディングの課題を探る―
五井 千穂(広島大学大学院)



以下は、五井先生のコメントです。

私は中年ど真ん中という年齢にして、学会発表は初でした。普段学校に勤めていますから、生徒や保護者、同僚等、人前で話すことは日常的にありますが、それでも「初」というのは大変緊張するものです。キーワード、キーフレーズのメモを頼りに話せば大丈夫、と考えていた2,3日前。前日になると、文と文の間に置く接続詞まで決めた原稿でもないと、人にわかるように、その場でフレキシブルに対応するのは無理だと感じ、完全原稿を作成すると今度は棒読みになり…。昔(高校時代)に放送部だった経験を活かし(?)、話す原稿の記述の仕方にひと工夫加えてようやく準備完了。ただ、ひととおり読むと19分~20分に収まる量になっているという、長年のしゃべりの経験による勘という強みは持っていたようです。

発表した研究の中身は自分のテーマの半ばですし、決して大きな発見の内容でもありませんでしたが、今の時点で、これまでに書き留めたり頭の隅に置いたりしていた内容を振り返り、整理し、資料にまとめて「形」にすることは、私自身にとって非常に有意義なことでした。
聴いてくださった皆様、どうもありがとうございました。



広大教英では、意欲ある大学院生・学部生を求めています。
入試情報については、こちらをチェックしてください。
http://hiroshima-u.jp/ed/admission






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7/31(日)の無料公開ワークショップにもぜひお越しください!


2016/06/29

大学院生の久万瑞帆さんの学会発表

先日 (2016/6/25) に岡山大学教育学部で開催された第47回中国地区英語教育学会で、大学院生の久万瑞帆さんが樫葉みつ子先生と共に口頭研究発表をしました。



話す力を伸ばす指導とその効果 -口頭で写真や絵を説明する力を例として-

久万 瑞帆(広島大学大学院)
樫葉 みつ子・松浦 伸和(広島大学大学院教育学研究科)



 (写真はわざとぼかしています)


以下は久万さんのコメントです。

今回、初めての学会での発表を通して自分の経験を言葉で伝えるということの難しさと、重要性を感じました。聞き手に理解してもらえるように言葉にするという意識をもって準備をすることで自らの経験をもう一度振り返ること、そして新たな視点に気づくこともできました。また、発表を通して様々な方々から質問やコメントを頂けたことで、自分では気づくことができていなかった視点を獲得できたとともに今後、自分が実践の際に意識していくべきことも改めて実感することができました。今後も機会を見つけて自らの経験、考えを言葉で伝えるという経験を積んでいきたいと思っています。



(共同発表者の樫葉先生と共に)

共同研究者で、当日も共同発表をされた樫葉先生からもコメントをいただきました。

実践を説明するために、とことん自分と向き合うという苦しい過程を経て、久万さんは「自律した教師」に一歩近づいたように思います。お世話になった附属の先生方や生徒達にも聞かせたかったなあ。






広大教英では、意欲ある大学院生・学部生を求めています。
入試情報については、こちらをチェックしてください。
http://hiroshima-u.jp/ed/admission






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7/31(日)の無料公開ワークショップにもぜひお越しください!


2016/06/28

7/31(日)広島大学で無料公開ワークショップ:大学受験生がかかえる英語学習の悩み--予備校教師からの話題提供にもとづく対話の集い--

この度、広島大学教育学部英語教育学講座は、広島大学英語文化教育学会の行事の一環として以下の要領で無料公開ワークショップを開催することとなりました。どなたでもご自由に参加できます。事前申込は不要です。どうぞお気軽にご参加ください。


■ 題名:
大学受験生がかかえる英語学習の悩み 
--予備校教師からの話題提供にもとづく対話の集い--

■ 講師:
河野健治先生(河合塾講師)

■ 日時:
2016年7月31日(日)14時-16時

■ 場所:
広島大学教育学部K102教室
交通アクセス
キャンパスマップ

■ 開催形態:
どなたでも無料で参加できます。事前申込も必要ありません

■ 進行:
14:00:開始:趣旨説明と講師の紹介
14:05:講師による話題提供と司会による時折の質問
15:00:小グループでの意見共有と対話(全参加者が小グループで)
15:20:全体での意見共有と対話(全参加者が会場全体で)
15:50:まとめ
16:00:終了

■ 趣旨:
学習者は悩みのすべてを教師に伝えるわけではありません。塾や予備校の先生には言えても、学校の先生には言えない悩みもあるでしょう。

 そこで、今回の公開無料ワークショップは、予備校講師による話題提供と参加者全員による対話で、大学受験生の英語学習の悩みについての理解を深めます。

 最初に大学受験生(高校生・浪人生)の実態をよく知る河合塾人気講師の河野健治先生に、予備校現場から見えてくる大学受験生の悩みについての話題提供をしてもらいます。次にその話題提供にもとづいて参加者全員で対話を行います(最初に小グループでじっくり語りあった後に、全体で理解を深めます)。

 このワークショップは広島大学教育学部英語教育講座による広島大学英語文化教育学会が、特別に会員以外の皆さまにも提供するものです。英語教育にご関心のある方は、どなたでも参加できます。高校英語教師、英語塾講師、英語教師志望の学生だけでなく、当事者である予備校生や高校生、その他一般市民も歓迎いたします。もちろん参加費などは無料です。事前の申込も必要ありません。

 今回は大学受験を考える高校生の英語学習が話題の中心となるかと思いますが、英語教育の営みをより開かれたものにして、よりいっそう学習者のためになるものにするために、一人でも多くの皆さまの参加をお待ちしております。




ポスターのダウンロード(自由にご利用ください)



2016/06/22

ユーラシア大陸横断の旅を終えて大学院での勉強を始めたT君のことば


大学院にはいろいろな人が在籍していますが、T君は半年余りのユーラシア大陸横断の旅を終えて大学院での勉強を始めた人です。

そのT君が、ある大学院の授業の感想で、研究の進め方を旅で学んだことをに絡めた文章を書いてくれました。本人の許可を得ましたので、文章と写真をここに掲載します。





今回の発表では、研究では「対話が大事だ」と言いながら、まだ僕自身が「自分が正しいと主張している思い込みを否定されたときに、その否定を拒絶して自分の思い込みに固執し続ける」姿勢を持っていることに気づきました。特に今までは、似たような考え方や研究を行っている方々にしか自分の研究の話をしていなかったので、多少の指摘はあれども基本的に「自分は間違っていない」と自信を持っていました。しかし、いざ分野や考え方がある程度異なる方々に自分の研究の話をすると、今まで自分に見えていなかったこと、疑問にさえ思っていなかったこと、つまるところ自分が正しいと思っていたことが正しくないかもしれないということを指摘され、反射的に指摘を拒絶しかけていました。しかし一方で、これまでの自分の思い込みが一面的で、指摘されることによって見えていなかった部分が見えて、より多面的に自分の研究を捉えなおすことが出来る機会になりました。

このように、自分が正しいと主張している思い込みが否定されるときに自分自身を否定されたかのように感じるのは、これまで周りの大人たちが自分の思考=自分自身という考え方を、そして自分の思考を否定されるということは敗北であるという思想を、明示的にしろ暗示的にしろ僕の心の中に育んできたからではないかと、過去を省みながら思いました。両親にしろ、今まで担任してくださった先生にしろ、表面上は「みんな対等に意見を共有しましょう」と言いながら、実際は彼ら/彼女らの思い込みが否定されたとき嫌な表情をしたり、ともすれば直接的な言葉や暴力的な態度によって拒絶するということを、意識的か無意識的かは分かりませんがしていたように思います。そのようなコミュニケーション・システムの中で育てば、よっぽどのことがない限り、そのシステムから出ることはできないように思います。

少し話が変わりますが、僕は旅から帰ってきたとき、旅から生還したという自信よりも旅の途中で節約中にも関わらずついお酒やお菓子を買ったり、帰りたくなったり、誰とも話したくないと思ったり、「自分って弱い人間なんだな」という、ある意味では諦めのような、身の程を知ったような、そのようなことを考えていました。しかし、それは自分に対する不信ではなく、自分が常に不完全で周りの誰かの影響で変化していくこと、そうやって刻々と変化する「自分らしさ」を大切にすべきだという自信です。これは偶然ですが、帰ってきてから読んだ沢木耕太郎の『深夜特急ノート』の最終章、最後のページにも、このようなことが書かれていました。

私が旅という学校で学んだことがあるとすれば、それは自分の無力さを自覚するようになったということだったかもしれない。もし、旅に出なかったら、私は自分の無力さについてずいぶん鈍感になっていたような気がする。旅に出て手に入れたのは「無力さの感覚」だったと言ってもいいくらいかもしれない。いま、私はいかに自分が無力かを知っている。できることはほんのわずかしかないということを知っている。しかし、だからといって、無力であることを嘆いてはいけない。あるいは、無力だからといって諦めてもいけない。無力であると自覚しつつ、まだ何か得体の知れないものと格闘している。無力な自分が悪戦苦闘しているところを、他人のようにどこからか眺めると、少しばかりいじらしくなってきたりもする。おいおい、そんなに頑張らなくてもいいものを、と。だが、そのように頑張ることができるのも、もしかしたら自分の無力さを深く自覚しているからかもしれないのだ。そこからエネルギーが湧いてくるからかもしれないのだ。私が旅という学校で学んだのは、確かに自分は無力だということだった。しかし、それは、新たな旅をしようという意欲を奪うものにはならなかったのだ。 (pp. 334-335)

自分の無力さを自覚するということは、他者から自分の間違いを指摘されたときに、素直にその指摘を受け入れることができることだと思います。この「受け入れる」というのは、鵜呑みにするというわけではなく、「自分らしさ」を持ちながらも自分の考えが変化していくことを感じ、その変化さえも「自分らしさ」として受け止めることだと思います。ふと、自分が確信を持ってこの研究を進めるのは、この「無力さの感覚」を持ち始めたからかもしれません。


教英の大学院は、個性的な人物を募集します。ぜひ一緒に学びましょう。

2016/06/13

木谷淳二さんが遊びに来てくれました



今年の2月6日に広大で講演会「真面目さにつぶされない生き方: 学校教師の卵へのメッセージ」の講師をされた木谷淳二さんが奥様と共に遊びに来てくれたので、学生さん有志との懇談会を行いました。





木谷さんと私は武術家の甲野善紀先生の講習会で出会いました。木谷さんは、Life Change Master Programの講師として一般に紹介されていますが、私としては「感性に忠実であること」、「自然のあり方から学ぶこと」、「世間の『常識』にとらわれないこと」を抱腹絶倒の話で語ってくれる方と思っています。


いずれにせよ、学校教育界ではなかなか会えないが、現在の学校教育界の人間こそ会うべき人だと私は個人的に思っておりますので私は上述の講演会を開催しましたし、今回も学生さんと話をする機会をもっていただきました。


あいにく告知が直前だったので、今回は少人数の学生さんしか来れませんでしたが、少人数であるがゆえにいろいろ深い話ができました(そして相当に笑えました)。わざわざ寄ってくださった木谷さんに感謝します。


以下は、木谷さんからお寄せいただいたメッセージです。


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今日も私達夫婦を温かく迎えて下さり有難うございました。

今日、私が改めて感じたことは、お昼にご一緒させて頂いた学生の皆さんが、このような関わりの中から多くを学べる、とても恵まれた環境にいるという事です。

これから益々、教育現場で『自分らしさ』を発揮することは難しい環境になっていくでしょう。

そんな中、最も大切なことは『人間にしか伝えられない事を分かりやすく伝えていくこと』ではないかと個人的に思っています。

それは挫折や失敗の経験から何を学び、またどのようなプロセスを辿り成長してきたのかという実体験を伝える事です。

PCやスマホからは決して得られない活きた知恵を、教師は子どもに伝える必要があります。

話し合いの中で出たの言葉で最も印象に残っているのは、教師たるものは、『時には 大切なものを守るため狼になる強さも必要。しかしその反面、羊のような柔和さで組織の調和を図る事も大切だ。』というものでした。

このように、一見矛盾して聞こえる言葉の本質こそ、これから教師を志す若い方々にぜひ今一度、丁寧に考えて頂きたい事です。

今日お会いしたM君やH君は、すでにその言葉を理解し、しっかりと受け止めておられましたので、これからの日本の教育現場に対する希望が見えた気がします。

本日とても貴重な時間を私達夫婦に与えて下さった先生と学生の皆さんに心から感謝しています。

またお話出来ることを心から楽しみにしています。

木谷淳二
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木谷さんについては、以下から情報を得ることができます。ご興味のある方はぜひどうぞ。まあ、なかなか出会うことができないような面白いお方です。
Junji Kidani フェイスブック
https://m.facebook.com/junji.kidani.7
Life Change Master Program フェイスブック公式ページ
https://www.facebook.com/LifeChangeMaster/
メールアドレス
honshitsuka.kidanijunji@gmail.com

2016/06/07

学部4年生の授業感想: 自分を変えることと、感性を伴う英語読書の重要性について



今回も学部4年生の授業振り返りを掲載します。今回の授業は、スピーチとディスカッション(ダイアローグ)を英語でやりました。



最初はIさんです。学ぶということは、ただ単に倉庫に荷物を集めるように頭に知識を詰め込むことではなく、新たなことを学ぶことによって自分が変わることであると私は考えています。Iさんはこの授業で自分を見つめなおし、自分を変えようとしているように思えます。


私は今回の授業を通して三つのことを考えました。

一つ目は、ディスカッションでの雰囲気作りについてです。柳瀬先生の授業での今までのディスカッションでもたびたび反省として挙がった「雰囲気」ですが、今回初めて英語でのディスカッションをしてみて、英語を使ったディスカッションの方が、観察者は雰囲気に目が行くというのが一番の驚きでした。

私は、今回ディスカッションについていくのが精いっぱいで、誰かに助けてもらわないと自分の意見を言うことが出来ませんでした。そんな自分がとても情けなく、またディスカッションをしているメンバーにも、私に話を振ってくれた人にも、本当に申し訳ないとずっと感じていました。しかし、今振り返ってみて、そんな人がいてもいい、そんな人も助けようという雰囲気をみんなが作ってくれていたのに、自分がその中に飛び込むことが出来ていなかっただけなのではないか、と反省しています。

英語を上手く話せない、自分の考えを積極的に発言できない、そんな私だからできること、また反対に、自分の意見を積極的に、上手に発言出来る人だからこそできること、いろんな人が一つのグループにいるからいいのではないか、と考えました。このことから、自分のプライドを守って自分のことばかり考えていてはだめで、他者のためにできることをするということを優先しなければならないのだと改めて感じました。

二つ目は、知識は言葉に出来て初めて自分のものになる、ということです。今まで、中学、高校、大学、と英語だけでなく本当にたくさんの教科を勉強してきました。しかし、今日のスピーチを通して、それらの知識がどれほど自分のものになっているのだろうとふと思いました。英語に関して言うならば、今までさんざん覚えてきた単語や文法を、自分がどれほど使えているのだろうか、アクティブラーニングとは何かを説明できるのだろうか・・・

知識を蓄えている間はあたかも身についているように感じますが、インプットだけではなんの意味もなく、アウトプットして初めて自分のものになるのだろうかと思います。人に教えることで自分の勉強になる、とよく言いますが、この言葉はやはり理に適っていて、知識を獲得したら、その直後に必ず自分の言葉でアウトプットする機会が必要になるので、これから自分が教師になった時には必ずアウトプットの機会を設けて、知識の定着を図っていきたいと思いました。

三つ目は、失敗する経験の大切さです。私は失敗するのがとても苦手で、いつも失敗しないように、しないようにしてしまう悪いところがあります。その点で、留学や教育実習では多くの失敗をしましたし、今でも部活動や教員採用試験に向けた勉強会や授業では、いつも失敗をしています。このような失敗をする経験があったことに感謝すると同時に、もっと早い段階で失敗をしておきたかったと感じています。それならば、失敗を恐れて無難な道を選んだり、失敗して過度に落ち込んだりすることも今ほどはなかったのではないかと思うからです。失敗することを恐れるよりも、失敗をしないように逃げることを恐れよう、と感じました。


とても細かなことを言いますと、上で少し気になったのは「アウトプットによる知識の定着」という表現です。

英語教育では「インプット」と「アウトプット」という用語を誰も何の違和感も覚えずに使っていますが、これはもともとコンピュータ用語です。私がこれらの用語から連想する機械的イメージは、インプットした情報を、基本的にはそのまま何の加工もせずにそのままアウトプットするというものです。インプットされた情報とアウトプットされた情報が同一であることが重要といった連想も働きます。知識の「定着」といった表現は、そういったイメージを想起させます。

しかし人間の学びはそのように機械的なものではありません。

最近の文部科学省用語を使って説明するなら(笑)、「主体性」をもった人間が、自分の感性に響いた情報を「思考力」で咀嚼し再構成して自らの知識にします。さらに、仲間と「協働性」をもって働く中で「判断力」を働かせてその場にとって重要な知識を選択し、それを豊かな「表現力」でもって仲間に訴えかけます。そうやってお互いの「主体性・協働性」と「思考力・判断力・表現力」を活用するのが人間の学びです。

私個人の意見にすぎませんが、「アウトプットによる知識の定着」といった表現では、そういった人間の学びが想起しがたいのではないでしょうか。私だったら「発言による知識の再構成」といった表現を使っていたかもしれません。

とはいえ、これはIさんへの批判ではありません。高校生の時のIさんはおそらく(他の高校生と同じように)「アウトプットによる知識の定着」などといった業界用語は使っていなかったはずですから。

大学教員は、業界用語に対して批判的でなければと思います。












次はK君です。K君は、感性が動かされる英語読書(英語使用)の重要性を(再)認識したようです。



今回の授業で行った英語によるスピーチやディスカッションを通じて学んだことについて2つ述べたいと思います。

1つは、学び続けることの大切さです。これまでの講義では、日常的に本を読み、自分の引き出しを作ることの大切さについて考えることができました。しかし、英語を専攻していて、それに関してはスペシャリストにならなければならない私たち教英生は日常的に英語、特に心揺さぶられるみずみずしい英語に触れていかなければならないと実感しました。実際にスピーチやディスカッションをしてみて、「あれっ?本当に伝えたいことを上手く伝えることができない!」という思いを抱いて、正直焦りました。

確かにTOEICの勉強や、最近では卒業論文の先行研究の論文の読解を通して、英語に触れていました。しかし、そこには「もっと読み進めていきたい!」という感情は全くなかったと思います。先日、これまでサボっていた”Graded Readers”にようやく手をつけました。内容や表現自体はそんなに難しくない本だったのですが、どんどん読み進めていきたいという感情が沸いて、気が付けばその本を読み終えるほどでした。このような、読んでいて面白いと心から思える本を見つけて読み進めていくことが、英語で自分の話したいことを学ぼうという意欲をかきたてるのだと気づきました。このような感情を抱きつつ本を読み進めていくうちに、英語を通して自分の話したいことを話せるようになれると思うので、今後もextensive readingは続けていきたいと思います。

2つめに、ディスカッションを英語で行うことは、日本語で行う場合以上に参加者の助け合いが必要になってくると感じました。英語がグローバル言語であると言われる今日では、英語母語国話者よりも第二言語話者の存在の方が多いということはよく聞きます。日本人に限らず、母国語話者ではない者同士の対話ではやはり伝えきれない細かなニュアンスが絶対にあるはずです。

そこで重要になるのが話者相互の協力、つまりうまく言えないようなことを代わりに述べる、または言い換えてできるだけ共通理解をしようする態度であると思います。もちろん、この授業を通してもわかるように、同じ言語を母語にする者同士でも、思っていたことが違うという事態が発生してしまいます。ですので、母語ではない英語で、完璧なコミュニケーションをスラスラと行えるということは、ほとんどないと思います。

つまり、私が言いたいことは、英語教育でコミュニケーション能力というのは単に4技能が流ちょうになるだけではなく、「どうすれば自分と異なる背景を持つ人とできるだけ理解し合うことができるか。」を考えていく態度を育てていくことも重要ではないかということです。今の時点では、これが言語教育をするうえで大切なことであると考えています。




二番目の論点である「コミュニケーション能力」についても業界用語あるいは業界の通念について警戒をしなければなりません。

残念ながら、コミュニケーション能力とは「読み・書き・聞き・話す」という四技能を合計したものであり、コミュニケーション能力は、四技能を測定するテストの合計点で表現できるといった安易な考え方が一部の英語教育関係者にも未だに見られます。こういった点についても、丁寧に考えてゆかねばと思います。

ともあれ、学生さんの発言や書いた文章から学ぶことは多いです。これからも対話型の授業を充実させようと思います。







2016/06/02

アメリカで博士号習得を目指している修了生の一時帰国



教英の修了生で、JASSO(Japan Student Services Organization; 日本学生支援機構)の奨学金を得てアリゾナ州立大学で博士号修得を目指している佐藤龍一さんが大学の休みを利用して一時帰国し、教英にも二回ほど顔を出してもらいました。
一回目は修士課程院生と博士課程院生の合同ゼミに参加してもらい、アメリカの研究事情などについて語ってもらいました。EmpiricismとPragmatismの伝統に立脚した世界最先端の厳しい研究環境の話はとても啓発的なものでした。その中で鍛えられている佐藤さんの話には説得力がありました。






二回目は博士課程院生の特別ゼミに参加してもらい、佐藤さん自身の研究についても語ってもらいました。その後の質疑応答も含めて、数時間の知的興奮を楽しむことができました。








以下は、佐藤さんから教英で勉強する院生・学部生、そして教英で勉強することを考えている学部生・高校生へのメッセージです。佐藤さん、ありがとうございます。





広島大学は、学術研究環境が整っている優れた大学です。特に、各研究分野における優れた研究者が在籍しているため、学生は実りのある研究を行ったり教育を受けたりすることができるでしょう。教英においてもそれは同じです。英語教育研究の分野において第一線で活躍されている先生方が、日々、英語教育界に貢献されるような研究を行い、また一方で、優れた英語教員を育成するための教育活動を行っています。それゆえ、英語教育を志す未来の研究者や学校教師にとっては、広大教英という場所は最も適している場所であると私は思います。これはアメリカから帰っても痛感するところでした。
一方、受けられる教育の質が高くとも、学生のもつ意識が低ければよい効果は期待できないというのも事実です。自分がなりたいものの姿を熱烈に追い求め、その実現のためには何が必要かを常に模索するといった意識をもたなくては、教えられたことも無駄に終わってしまうような気が私はします。すばらしい学習環境が整っている広大教英であるからこそ、これから教英で勉強することを考えている皆さんにも、自分が将来どのような姿になっていたいかという目的をもって勉学に励んでいただけたらうれしいです。どうぞ広大教英ですばらしい英語教員・英語教育研究者を目指してください。 
Whatever you vividly imagine, ardently desire, sincerely believe, and enthusiastically act upon… must inevitably come to pass.
鮮やかに想像し、熱烈に望み、心から信じ、魂を込めた熱意をもって行動を起こせば、何事もついには実現する
Paul J. Meyer (1928-2009)