2016/06/22

ユーラシア大陸横断の旅を終えて大学院での勉強を始めたT君のことば


大学院にはいろいろな人が在籍していますが、T君は半年余りのユーラシア大陸横断の旅を終えて大学院での勉強を始めた人です。

そのT君が、ある大学院の授業の感想で、研究の進め方を旅で学んだことをに絡めた文章を書いてくれました。本人の許可を得ましたので、文章と写真をここに掲載します。





今回の発表では、研究では「対話が大事だ」と言いながら、まだ僕自身が「自分が正しいと主張している思い込みを否定されたときに、その否定を拒絶して自分の思い込みに固執し続ける」姿勢を持っていることに気づきました。特に今までは、似たような考え方や研究を行っている方々にしか自分の研究の話をしていなかったので、多少の指摘はあれども基本的に「自分は間違っていない」と自信を持っていました。しかし、いざ分野や考え方がある程度異なる方々に自分の研究の話をすると、今まで自分に見えていなかったこと、疑問にさえ思っていなかったこと、つまるところ自分が正しいと思っていたことが正しくないかもしれないということを指摘され、反射的に指摘を拒絶しかけていました。しかし一方で、これまでの自分の思い込みが一面的で、指摘されることによって見えていなかった部分が見えて、より多面的に自分の研究を捉えなおすことが出来る機会になりました。

このように、自分が正しいと主張している思い込みが否定されるときに自分自身を否定されたかのように感じるのは、これまで周りの大人たちが自分の思考=自分自身という考え方を、そして自分の思考を否定されるということは敗北であるという思想を、明示的にしろ暗示的にしろ僕の心の中に育んできたからではないかと、過去を省みながら思いました。両親にしろ、今まで担任してくださった先生にしろ、表面上は「みんな対等に意見を共有しましょう」と言いながら、実際は彼ら/彼女らの思い込みが否定されたとき嫌な表情をしたり、ともすれば直接的な言葉や暴力的な態度によって拒絶するということを、意識的か無意識的かは分かりませんがしていたように思います。そのようなコミュニケーション・システムの中で育てば、よっぽどのことがない限り、そのシステムから出ることはできないように思います。

少し話が変わりますが、僕は旅から帰ってきたとき、旅から生還したという自信よりも旅の途中で節約中にも関わらずついお酒やお菓子を買ったり、帰りたくなったり、誰とも話したくないと思ったり、「自分って弱い人間なんだな」という、ある意味では諦めのような、身の程を知ったような、そのようなことを考えていました。しかし、それは自分に対する不信ではなく、自分が常に不完全で周りの誰かの影響で変化していくこと、そうやって刻々と変化する「自分らしさ」を大切にすべきだという自信です。これは偶然ですが、帰ってきてから読んだ沢木耕太郎の『深夜特急ノート』の最終章、最後のページにも、このようなことが書かれていました。

私が旅という学校で学んだことがあるとすれば、それは自分の無力さを自覚するようになったということだったかもしれない。もし、旅に出なかったら、私は自分の無力さについてずいぶん鈍感になっていたような気がする。旅に出て手に入れたのは「無力さの感覚」だったと言ってもいいくらいかもしれない。いま、私はいかに自分が無力かを知っている。できることはほんのわずかしかないということを知っている。しかし、だからといって、無力であることを嘆いてはいけない。あるいは、無力だからといって諦めてもいけない。無力であると自覚しつつ、まだ何か得体の知れないものと格闘している。無力な自分が悪戦苦闘しているところを、他人のようにどこからか眺めると、少しばかりいじらしくなってきたりもする。おいおい、そんなに頑張らなくてもいいものを、と。だが、そのように頑張ることができるのも、もしかしたら自分の無力さを深く自覚しているからかもしれないのだ。そこからエネルギーが湧いてくるからかもしれないのだ。私が旅という学校で学んだのは、確かに自分は無力だということだった。しかし、それは、新たな旅をしようという意欲を奪うものにはならなかったのだ。 (pp. 334-335)

自分の無力さを自覚するということは、他者から自分の間違いを指摘されたときに、素直にその指摘を受け入れることができることだと思います。この「受け入れる」というのは、鵜呑みにするというわけではなく、「自分らしさ」を持ちながらも自分の考えが変化していくことを感じ、その変化さえも「自分らしさ」として受け止めることだと思います。ふと、自分が確信を持ってこの研究を進めるのは、この「無力さの感覚」を持ち始めたからかもしれません。


教英の大学院は、個性的な人物を募集します。ぜひ一緒に学びましょう。

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